あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

洋上のカットハウス

 以前、私が参加した昔々の遠洋練習航海の思い出を順次紹介していくシリーズ記事を書いていました。書いていたというか、実はまだ続いているのですが、そこへ三宅由佳莉さんの練習艦隊配属というニュースがとびこ込んできたものですから、あれこれ準備する間も無く、同じ「遠洋練習航海」というカテゴリの中に記事を次々と放り込んでいる次第です。

 いずれは分けなきゃなぁ、とは思っているのですが、とりあえず今のままでいくことにします。何故かというと、今年の遠洋航海シリーズ記事の中に、結構私自身の思い出話も入っているので、このままでいいかな、と思うところもあるからです。最初にコンセプトを決めないで走り出すと、だいたいこんなことになってしまいます。まぁ、突然のことでしたから、仕方ないですけど(≧∀≦)

 で、その思い出シリーズの中で、いずれ紹介しようと思っていたのが今回の話題なんです。練習艦隊は(練習艦隊に限らず、長期外洋行動を行う艦艇部隊は)、多くの寄港地を訪問しますが、その航程の大部分は洋上です。

 海上自衛隊の艦艇は、自己完結的に任務を達成できる機能を持っていますが、一般社会で提供される全てのサービスなどとても賄うことはできません。自己完結できるのは戦闘能力(監理、情報、運用、後方、通信)の他、全隊員の衣食住を賄い、国際儀礼を果たし得る機能程度です。

 長期外洋行動を行う部隊には、この他医官(医師たる幹部自衛官)が配属されますし、衛生科員(看護官・いわゆる”衛生兵!”ですね)も配置されていますので、「かしま」艦内の医務室では、簡単な手術くらいはできます。過去に実績もあります。ただ、洋上航海中のオペになりますから、オペ台は揺れ続け、簡単な手術が簡単にはできないという環境にはあります。

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護衛艦「いずも」のオペ室

 ところで、中世のヨーロッパでは、理髪師が外科医を兼ねていたのだそうです。尤も今のような複雑な術式があった訳ではないでしょうから、ごく簡単な手術を行なっていたのでしょう。

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サインポール

 理髪店に掲げられるサインポール(barber's pole)は世界共通なのだそうですが、この標識は、理髪師が外科医を兼ねていた頃からのもので、赤は動脈、青は静脈、白は包帯を意味するという説もあります。

 何れにしても、現在の医官は理髪師を兼ねてはくれませんので、長期外洋行動に出る艦艇部隊は、乗員の髪を整える機能を持たねばなりません。

 そんな環境なんだから髪くらい伸ばしたっていいじゃん、と思う方もおられるかもしれませんが、自衛官には容姿を端正に保つ義務があります。それに、寄港先でだらしない姿を晒す訳にはいきません。

 という訳で、練習艦隊には各分隊に数名の理髪師がいます。もちろん資格を持った本物の理髪師ではありません。隊員が「俄か理髪師」に指名されているのです。

 大昔の遠洋練習航海の際、私も随伴艦の実習幹部の面倒をみる理髪師でした。出港前に1日だけ(というか各人1時間くらい)基地内の理髪店の店主が艦内に出張講義にきて、基本的な調髪技術を伝授して下さいます。バリカンと櫛と鋏の使い方を一応習うのですが、出港後、初めて依頼を受けた時には結構緊張しました。慎重にカットしたのに結局「トラ刈り」かよ(≧∀≦) そんな俄か理髪師も、遠洋練習航海も終盤に差し掛かると、適当にカットしてもそこそ仕上がるようになりました。やはり何事も「場数」が物を言うと言うことですね。ちなみに、今やれと言われても「無理!」

 今回、練習艦隊の記事を書くために公式ページを頻繁にチェックする中で、俄か理髪師の調髪シーンを撮影した写真を見つけたものですから、このテーマを書いてみようと思った次第です。

 護衛艦「いなづま」の理髪室(なのかな?)なんか、ミラーといい洗髪用のシャワーといい、それらしい設備があるんですね。私の頃にはこんな設備は全くありませんでしたから、鏡もない幕僚事務室あたりでカットしていた記憶があります。

 

  そして練習艦「かしま」での調髪風景です。なんと俄か理髪師は呉音の道本和生さんですね。お客様は音楽隊の女性隊員でしょうか。道本さん、器用そうですから、きっと艦内のカリスマ美容師になってることでしょう(╹◡╹)

 それにしても妙に似合ってるな(^ ^)

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俄か理容師の道本さん

  今回は、ちょっと本筋を離れたサイドストーリーでしたが、これも遠洋練習航海の一つの局面ですので、紹介させていただきました。