あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

プロの力量

 もう、随分前のことになりますが、「戦場カメラマン」という肩書きで、テレビのバラエティ番組に頻繁に顔を出す、ちょっと変わった風貌の男性が一世を風靡しました。

 その柔和でおっとりした(ように見える)人柄と、一言一言噛みしめるようなゆっくりした喋り方からは、死と隣り合わせの戦場を駆け巡る姿はとても想像できません。

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 渡部陽一さんが、多くの人々から愛されるのは、そんなギャップが魅力だということも勿論あるでしょう。

 でも、何より彼の地でのことを語る言葉の重みや、そのとき目に宿る真剣さに、「あぁ、この人は本物なんだな」と思わせる説得力があるからこそ、「戦場カメラマン」という肩書きが素直に受け入れられてきたのだと思います。

 その「戦場カメラマン」がなぜ、バラエティ番組に出演していたのか、そして今でも何本かのレギュラー番組を抱えているのか。

 私は渡部さんとお会いしたことも、その著書を読んだこともあるわけではありませんが、普通に考えても、自らの取材費用を安定的に得るためでしょうし、同時に、取材の成果を広く世間にアピールする手段でもあるでしょう。

 フリージャーナリストとしての活動は、誰の思惑にも左右されず、自ら設定したテーマに沿って取材し、その成果を公表して初めて成り立つものだと思います。

 その意味で、タレントとしてのメディア露出は、フリージャーナリストとしての活動を支えるまさに一石二鳥の手段であると言えます。

 渡部さんの公式サイト(yoichi-watanabe.com)によると、大学一年生の時に、アフリカの狩猟民族に興味を持ち、彼らに会うため何の予備知識もなしに渡航した渡部さんは、ヒッチハイクでジャングルの奥地に向かう途上、内戦を戦っていたルワンダの少年兵たちの銃撃を受け、銃床で嫌というほど打ちのめされた上、持ち物を全て奪われてしまいました。かろうじて命だけは助かり、這々の体で帰国しましたが、その事実を周囲に話しても信じてもらえず、一枚の写真さえあれば、との思いに駆られたそうです。ãã«ã¯ã³ãåæ¦ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 それがきっかけとなり、日本では想像すらできないような現地の実情を伝えようと決意したのだそうですが、失禁するほどの恐怖を味わった現場に再び駆り立てられたこと自体、この仕事が渡部さんの天職であることの証左とも言えるでしょう。

 大学に在籍しながら、恐怖を味わったルワンダやザイール(現・コンゴ民主共和国)をはじめ、数々の紛争地域を飛び回り始めた渡部さんですが、能天気に現地の状況も把握しないまま観光気分で現地入りしたことが招いた深刻な結果を教訓として、二度と同じ過ちを繰り返さないよう周到な準備を整えて現地に向かったそうです。

 そんな渡部さんの信条は、「戦争報道とは生きて帰ること」。

 取材成果とともに生還し、それを自ら公表してこそ、ジャーナリストはその使命を果たしたと言えるということでしょう。命が第一、撮影は二の次ということです。

 そしてもう一つ心がけているのが、衝突する双方の意見をフラットに報道するため、取材対象と寝食をともにして密着取材を続けるというスタンスです。

 渡部さんは、取材対象の人々に敬意を払うことを忘れてはいません。だからこそ、世界中の紛争地域には、彼を温かく迎えてくれる友人がたくさんいますし、それだけ正確な情報も入手できるというわけでしょう。

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 また、米軍が展開している地域では、米軍に従軍しての取材をされているようですが、これは実に理に適っていると思います。何しろ、戦闘の当事者であり取材対象でもある米軍は、その戦闘力においても情報量においても圧倒的です。現地で何が起き、何が起きようとしているのかを把握しながら取材を続けるのに、これほど都合の良い寄宿先はありません。好き嫌いの問題ではないと思います。

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 紛争地域では、自分の頭も心もリセットして、目の前の事実をあるがままに受け入れ、合理的に判断する。そういうことなんだと思います。

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 誰だって戦争なんかない方がいいに決まっています。でも、現実の世界には戦争のない日など1日としてありません。それは何故なのか、そこを理解しない限り、いくら「戦争反対!」と叫ぼうが、どれほど署名活動しようが、戦争などなくなるはずがありません。だからこそ、公平に深掘りした取材と報道が必要なんだと思います。

 バイアスのかかった報道は、人々の目を真実から遠ざけることで戦争への理解を妨げ、結果として情緒的な世論を作り上げて現実的な解決を困難にしたりもします。

 結局、自分の考えや特定の思想というフィルターを通して取材するならば、それはジャーナリズムではなくプロパガンダということですね。渡部さんの言うフラットな報道とは、そこに陥らないようにする戒めなのでしょう。

 こうして、渡部陽一さんは、プロの「戦場カメラマン」としての基盤を粛々と築き上げて来られました。

 なかでも重要なのが、メディアへの露出を契機とした経済基盤の安定化です。著書も多数出されていますし、取材映像の単価も跳ね上がったことでしょう。

 家族を護りながらプロとして大きな仕事をしようと思えば、経済基盤の安定は不可欠な要素だと思います。そこに不安があれば、自らの取材方針を堅持することが難しくなるからです。魔が差すでは済まないようなことも起きかねません。

 その意味で、その人柄や信条も併せ、広く信頼を勝ち得ている渡部さんは、まさにプロとしての力量に溢れたジャーナリストだと思います。

 

 因みに、観光客気分だった渡部さんが襲撃されたルワンダの難民キャンプには、一時期陸上自衛隊PKOの部隊を派遣していました。その際のちょっといい話を紹介したブログの記事がありましたので、下にリンクを貼っておきます。興味のある方はお読みください。

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健闘したPKO派遣の自衛隊員へ、機長からのメッセージ | ゆるゆる倶楽部 まとめde Goo!