あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

五省

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 海上自衛隊用語の続きです。

 今回のタイトルは「ごせい」と読んでください。

 これは、帝国海軍の士官を養成した海軍兵学校江田島)で用いられた、日々の生活を省みるための訓戒あるいは標語です。

 戦後は、海上自衛隊幹部候補生学校江田島)に継承され、毎夜の自習時間終了時、分隊ごとに唱和して、その日を振り返るという習慣になっています。

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 ちなみに読み方(意味)は

ひとつ、しせいにもとるなかりしか(全てに誠実に取り組んだか?)

ひとつ、げんこうにはづるなかりしか(恥ずべき発言や行動はなかったか?)

ひとつ、きりょくにかくるなかりしか(常に気力は充実していたか?)

ひとつ、どりょくにうらみなかりしか(自分にできる全ての努力を行ったか?)

ひとつ、ぶしょうにわたるなかりしか(面倒だと、手を抜いたことはなかったか?)

 となります。

 もともと、リベラリズムと柔軟性を重視していた帝国海軍には、このようなお題目を唱える文化はなかったようですが、周辺情勢の緊迫化などもあったのでしょうか、兵学校の終盤期に定められたようです。そのような事情もあり、これに批判的な海軍軍人も少なくなかったと聞きます。

 海軍内に批判の声が堂々と存在できたということ自体、帝国海軍のリベラルで柔軟な体質の証左であると言えるかもしれませんね。

 そのような賛否混交する「五省」の導入でしたが、戦後、米海軍の将官がこれに感銘を受け、英訳されたものがアナポリスの米海軍兵学校に今も伝えられているとは聞いていました。今回この記事を書くにあたり、経緯を確かめようと探したところ、詳しい記事を見つけることができました。「ねずさんのひとりごと」というブログから引用します。

昭和45年ごろ江田島を見学した米第7艦隊司令官、ウィリアム・マック中将(のち海軍兵学校長)は五省に感銘を受けて英訳を募集しています。
そして日本人、松井康矩氏(76歳)の英訳が当選し、賞金1000ドルとともに英訳文が、メリーランド州アナポリス海軍兵学校(United States Naval Academy)に掲示されたそうです。

 この記事はとても興味深いです。笑いもあり、元気ももらえる。三宅由佳莉さんのファンの感性に響くブログだと思います。是非訪ねてみてください。

nezu621.blog7.fc2.com

アナポリス海軍兵学校五省は英語古文で綴られています。

Five reflections
・Hast thou not gone against sincerity?
・Hast thou not felt ashamed of thy words and deeds?
・Hast thou not lacked vigour?
・Hast thou not exerted all possible efforts?
・Hast thou not become slothful?

 

 さて、米海軍にまで感銘を与えた五省ですが、候補生時代の私は、毎日「全項目『あり』だよな」と思いながら日々を過ごしていました。でも、考えてもみてください、これら全てに、毎日「nay」と答えられるような人は「聖人」でしょう。

 今だからわかるのですが、毎日五省を唱えさせる意味は別にあると思うのです。

 五省の各項目は、自問する形で書かれていますが、質問部分の「なかりしか」を「ことなかれ」と置き換えれば、そのまま行動規範となります。

 でも、行動規範として示したのでは、今後のことを言っているわけですから具体性を欠くこととなり、毎日唱和しても、単なるお題目で終わってしまう可能性が大です。

 ところが、五省として示せば、毎日その日の自分を省みるのですから、実に具体的に考えることができます。そして、具体的に考えることで、頭の中に自然と五省が行動規範として根付くというわけです。

 まぁ、私に根付いているかと言えば、大きな疑問ではありますが、少なくとも、反省するにせよ、行動方針を決めるにせよ、判断の縁があるというのはありがたいことだと思っています。

 導入に賛否はあったかも知れませんが、戦さに敗れた海軍の教育ツールが、今なお残されているのは、そこに普遍的な価値が認められるからでしょうし、そのことは英訳までしてアナポリスに伝えられたことが雄弁に物語っていると思います。

 帝国海軍の遺産の多くが海上自衛隊に引き継がれているのも、また同じ理由だと私は思っています。大東亜戦争での戦いぶりについて、疑問に思うことも少なくありませんが、 それでもなお、我が誇るべき帝国海軍なのです。