あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

三宅由佳莉さんの記事はどうした?

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  このところ、「三宅由佳莉さんの...」シリーズをお休みしていました。

    勿論、書くのをやめたわけではありません。

    病床の父を見舞うため家を空けていたのでPCが使えませんし、そもそも現在PC上のはてなブログアカウントを失った状態にあるのですが、編集機能に制限のあるスマホアプリで、三宅由佳莉さんのシリーズを書くことが憚られたからです。

    でも、復旧の目処が立たないので、スマホアプリで投稿を再開します。

    ただ、スマホアプリにも、危うい兆候が出てきており、既に昨日からこのアカウントでコメントを書くことが時々できなくなったりしています。ですから、程なくこのアカウントでの記事投稿ができなくなることが予想されます。

   その場合には別のアカウントを立てて投稿を続けますので、探していただけると幸いです。

 

    さて、「三宅由佳莉さんの...」シリーズをお休みしたのは、わずか四日に過ぎませんが、とても長い間書いていないような感覚に襲われます。

    それほど、三宅さんのことを書くことは、私にとって生活の一部、人生の一部になっているのだと思います。

    「三宅由佳莉さんの...」シリーズの記事は、既に120本を超えていますが、読者の皆様からのコメントが、また新たな記事のヒントになり、ネタが尽きることがありません。

    三宅由香さんのことを書くことは、勿論、私の心を満たしてくれる喜びなのですが、同時に、三宅由佳莉さんとは一体どのような存在なのかについて明らかにしていくプロセスでもあるような気がしています。

    広報演奏や諸外国の軍楽隊との交流を通じ、その必要性を認識されたことで 、採用が決まった東京音楽隊のボーカリストですが、全く想定もしていなかった、三宅由佳莉さんの大ブレイクは、東京音楽隊はもちろん、海上自衛隊への国民の強い関心を呼び覚ましました。

    それはそれで嬉しい誤算ではあったでしょうが、戦闘集団である海上自衛隊には、この前代未聞の事態に適切に対応するノウハウはなかった筈です。

    私は広報の現場にいたわけではありませんから、想像の域を出ませんが、三宅由佳莉さんの予想をはるかに超えるブレイクは、広報現場に大混乱をもたらしたに違いないと思います。

   ネット上に残された様々な過去ログを見ていきますと、そんな大混乱を彷彿とさせる書き込みに出会うことがあります。

   社会現象ともいうべき事態が遥かに先行し、海上自衛隊の広報戦略はその後を追う形にならざるを得なかったのではないでしょうか。

    現在に至ってもなお、三宅由佳莉さんという稀有な存在について、正確に位置付ける言葉を海上自衛隊ですら持ち得ていないのではないかと思われます。

   そんな三宅由佳莉さんの登場が、我々の社会にもたらした影響を理解し、その社会的意義について明らかにしていくこともまた、私の喜びとするところであります。

    そういう意味でも、ようやく軌道に乗り、多くの皆様に読んで頂けるようになり始めたこの段階で、愛着のあるこのアカウントが危機に瀕していることが残念でなりません(≧∀≦)