あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「将徳を汚す」

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 今回のタイトルは「しょうとくをけがす」です。一体どういう意味でしょうか。

 海上自衛隊では多分使わないんじゃないかと思います、考え方は同じですが、海上自衛隊において言葉として聞いたことはありません。

 私がまだ若い頃、統合幕僚会議事務局(現在の統合幕僚監部の前身)に勤務していた時に、陸上自衛官の先輩が使っていた言葉です。とても印象的な言葉ですし、以後色々な場面で私の判断を助けてくれた言葉でもあります。

 統合幕僚会議事務局での私の職務は、某幕僚室の庶務幹部で、幕僚室長である陸将補の副官的業務と同時に、1等空佐の調整官の下で幕僚室全体の総務業務を一手に担っていました。

 当時は、ソ連が崩壊して間もない頃であり、「冷戦が終わった、平和がやってきた」と浮かれる世間を尻目に、冷戦という安定した世界秩序を失った後の安全保障環境をどのように再構築するかが、防衛庁(当時)や外務省など、安全保障担当部門の中でも特に目先の効いた人々にとっては焦眉の急でした。

 詳細はもちろん言えませんが、統合幕僚会議事務局でも、それまでとは全く異なる様々なアプローチが行われていたのを思い出します。

 そうした大きな流れの中で起きた、画期的な出来事の一つが、私のお仕えしていた幕僚室長のロシア出張です。防衛審議官の訪ロに随行するという形ですが、現役の自衛官、しかも将官がロシアを訪問し、先方の将官と直接コンタクトする。現在ではなんでもないことですが、この当時は、それこそ歴史的な大事件でした。

 そのような歴史的なロシア訪問を終えて帰国された室長を、庶務幹部の私は、室長車のドライバーとともに、成田空港まで迎えに上がりました。

 陸将補といえば、陸軍少将のことです、当時1等海尉(海軍大尉)だった私から見れば、雲の上の存在です。

 ロビーに出てこられた室長から大きな荷物を受け取った私は、路上に駐車してある室長車にご案内しようと「室長、こちらです」と申し上げました。すると室長は「ちょっと待て」とやや厳しい表情で制止され、離れて行きます。

 そうです、室長は防衛審議官の随行者なんです。審議官がご自分の公用車に乗車され、走り去るのを見送ってから、こちらに戻ってこられました。

 「将徳を汚す」、私の脳裏に浮かんだのは、陸の先輩が時々口にしていたこの言葉でした。

 自分がお仕えしている将官のため、いち早く車に乗って頂きたいと私は思ったのですが、それは本当に「将官のため」だったのか? 将官の立場に立つことなく、自分が安心感を得るために取った行動ではないのか?

 これは、すべてのことに言えると思います。

 昔から「副官に人格はない」と言いますが、それは「副官は奴隷だ」という意味ではありません。副官は、配置ではなく一つの機関であるという組織論的な意味もありますが、実務的に見ても、副官は、将官が自ら行うことでその公的品格を損なうような作業を、将官の一部になって遂行するのです。つまり、人格的には将官と一体化するので「副官に人格はない」わけです。

 ですから、瑣末な作業を行うにも、常にお仕えしている将官の立場に立って、その思考を読んでいかなければなりません。ところが、そこをおろそかにして、あるいは将官の威を借りて自分の考えで物事を進める輩が時々出てきます。

 そのようなことを「将徳を汚す」行為として戒めているわけです。

 

 なぜ、今回この話題を紹介したかと言いますと、先日投稿した「三宅由佳莉さんのファンとしての弁え」を書いているときに、この言葉が何度も脳裏を掠めたからです。

 もちろん、三宅由佳莉さんは将官ではありませんが、ファンとしての弁えを欠くことと、将徳を汚すこととは、とてもよく似ている気がしたのでした。