あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

船の敬礼

 遠洋練習航海の続きです。

 昨日の、「お辞儀と敬礼」という記事の続きでもあります。

 船舶は、人間が国籍を持つのと同じように、船籍というものを持っており、船尾に掲げる国旗で船籍国(旗国)がわかります。下の写真は、パナマ船籍のコンテナ船ですが、船尾の旗竿にはパナマ国旗が翻っていますね。ちょっと見えにくいかな。

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 船舶が、いずれかの国の領海内を航行している場合には、その国の官憲が提供する法秩序を享受することができますが、公海上を航行している場合はどうでしょう。

 公海上にある船舶はその旗国の管轄に属するという「旗国主義」が国際法の原則です。公海上の船舶内には、旗国の領土主権の効果が及ぶということです。

 公海上の船舶内で起きた事件には、旗国の法律が適用されますので、その船舶を襲撃した海賊も旗国刑法に則って裁かれるわけです。法理論的には隙がありません。でも、どんなに立派な法理論も、リアルな海賊から船舶を守ってはくれません。

 

 そこで、公海上にある船舶の安全を確保するため、各国海軍の艦艇が共同で警察権の行使に責任を負い、抑止と対処を図っているのが現実の世界です。それは国際条約とか協定があるわけではなく、長い歴史の中で国際慣習となっているものです。海賊行為を認めた海軍艦艇は、これに対し警察権を行使して被害船舶を救うとともに海賊を捕獲します。海賊船が抵抗・逃走の場合には物理的打撃を与える場合もあります。

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 公海上で警察権を行使する存在があるからこそ、世界の物流が維持されているという現実は、なかなか見えにくいですよね。

 

 前置きが長くなりました。

 

 我が艦隊が、寄港地から次の寄港地まで航行する際、そんなに頻繁ではありませんが、公海上でいろいろな国のタンカーや貨物船などと行き合うことがありました。

  護衛艦の艦橋の両脇のウイングデッキにはそれぞれ見張り員が常時置かれていて、肉眼、双眼鏡、望遠鏡で水上の目標や海面の変化などに注意を払っています。

 行会い船がある場合には、その船上でのクルーの動きなどもよく見ています。

 そして、船舶のクルーが船尾旗竿に近づくのを視認すると、「左反航のイタリア船、敬礼します」と、ヘッドセット型の有線電話で報告します。

 船舶の敬礼は、船尾に掲げた国旗を半旗(旗竿の2/3くらいまで下げる)とすることで行います。これに対する軍艦側の答礼も、同じように艦尾の軍艦旗を半旗にして行い、その後軍艦旗を全揚にして答礼を終えます。これを確認した船舶側も国旗を全揚に戻して一連の敬礼と答礼が終わります。

 公海上で軍艦と出会った商船は、慣例として敬礼を行います。公海上の秩序を維持してくれている軍艦への敬意を表するためです。もちろん義務ではありませんから、敬礼しなかったからといって咎められるわけではありません。

 しかし、敬礼を受けた軍艦が、答礼もせずに通り過ぎるということは、極めて非礼かつ恥ずべき行為です。なぜなら、相手船舶は国旗を半旗にして、敬意を表しているのですから。したがって、万一にも船舶の敬礼を見落とすことのないよう、見張り員は目を凝らして確認するのです。

 このような敬礼と答礼の様子を何度も見る機会があるのも、遠洋練習航海ならではのことだと思います。

 

 さて、船尾に日の丸を掲げた大型船舶も多数外航航路を行き来していますので、彼らも海軍艦艇と行き交う場合には敬礼を行います。ただ、長い間、海上自衛隊護衛艦に対しては、絶対に敬礼することはありませんでした。

 それには訳があります。

 大東亜戦争の際、日本の商船隊もおびただしい犠牲を出しながら帝国海軍に協力しました。しかしながら、物資や人員の輸送という重大な任務を商船隊に丸投げしたうえ、艦隊決戦にばかり血道をあげて、輸送船団にろくな護衛も付けなかったことが、商船隊の犠牲をいたずらに増やしたことは間違いありません。

 この時のやり切れない思い、帝国海軍への恨みといったものが、そのまま海上自衛隊に投影されていたのだと思います。

 でも、日本船主協会海上自衛隊の間のわだかまりが氷解する時がやってきました。

 それは、現在も続いているアフリカ北東部、ソマリア沖での海賊対処に海上自衛隊の兵力投入が決まった時です。海上自衛隊は、常時2隻の護衛艦と2機のP-3哨戒機を展開させ、欧州から日本に至る重要な海上交通路を狙って跋扈する海賊から船舶を護衛する任務に就いています。

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 この兵力展開により、船主協会は、過去からのわだかまりを捨て、海上自衛隊海上交通路と商船を守る存在であると認めるきっかけを得たのだと思います。

 現在では、護衛艦に対し日の丸を半旗にして敬礼してくれる船舶がいくらでもあるそうです。