あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「底質は泥!」

    広島県江田島にある海上自衛隊幹部候補生学校では、幹部自衛官に必要な素養を身につけさせるため、様々な教育を行っています。

    「統率」もその一つです。統率とは何か、については、この記事をご覧ください。

retcapt1501.hatenablog.com

    上の記事でも述べたことですが、権限に基づき命令をもって行える「指揮」とは異なり、「統率」は一筋縄ではいきません。全人格をもって部下を感化し、進んで己が指揮に服さしむる術(すべ)、とでも言えば良いのでしょうか。マニュアルがあるわけでも、個別のケースごとに正解があるわけでもありません。

    ただ、先人が残された様々なエピソードは、手本となり、また教訓となって、自分なりの統率を考えるうえでのヒントを与えてくれます。

    今日ご紹介するのは、私が候補生の時、統率の教務(授業のこと)中に聞いた、ある青年士官の振る舞いです。当時習ったことなど、ほとんど忘れてしまいましたが、このエピソードは、はっきり覚えています。

    艦が沖合に錨泊(⚓️を入れて停泊すること)する際、⚓️と艦を結ぶ錨鎖(びょうさ)の長さをどれだけにするかは重要な問題です。

    なぜなら、錨泊時に、海流や風力に逆らって艦の位置をキープする力である把駐力(はちゅうりょく)は、⚓️本体が海底に食い込む力に加え、繰り出した錨鎖の重さが作り出すからです。因みに、⚓️は、水平方向に引っ張られた時に海底に食い込む構造になっているので、確実に水平方向に張力が働くようにするため、海底に横たえる着底錨鎖長は、相当長くなります。

f:id:RetCapt1501:20171208181502j:plain

    そして、着底錨鎖長を決める上で重要なのが底質です。海底が泥や粘土質なら⚓️本体の把駐力が期待できるので、錨鎖長は比較的短くて済みますが、底質が砂や岩などの場合は、逆に、錨鎖に頼らなければならないので、長くする必要があるわけです。

    前置きがずいぶん長くなりました。ここからがエピソードです。

    帝国海軍のとある艦艇が、錨地に到着し、投錨準備に入った際、甲板作業指揮に当たっていた青年士官が、足を滑らせ、海中に転落しました。その様がちょっと滑稽だったので、甲板作業に当たっていた乗員は、皆大笑いしましたが、転落した士官が、待てど暮らせど浮上してこないので、「まさか」と、皆が心配し始めた頃、海中から拳を握り締めた右手がぬっと現れ、次いで青年士官の顔が海面上に出ると、その拳を広げ、「底質は、泥!」と、大きな声で言いました。

f:id:RetCapt1501:20171208182340j:plain

    転落したのは迂闊でしたが、その失敗を、あたかも、投錨前に底質を確かめるために飛び込んだ体(てい)とするため、わざわざ海底まで潜り、泥を握りしめてから浮上してきたわけです。勿論そのために飛び込んだわけがないことは誰でもわかりますが、その意気やよし。見守っていた乗員たちから拍手喝采を浴びたそうです。

    このような、咄嗟の機転ですとか、ウィット、行き脚(前向きな勢いのようなもの)といったものが帝国海軍では士官に求められていましたし、海上自衛隊でも同じです。

    海上自衛隊でのウィットに富んだエピソードについては、改めて別記事で紹介します。

    今回ご紹介したエピソードは、私の感性にピッタリとはまり、その後の私の士官としての立ち居振る舞いに大きな影響を与えました。

     若い時には、色々な先人のエピソードに数多く触れるのがいいと思います。その中にはきっと、自分の感性にピッタリとハマるものがあるはずですし、自分がどのような社会人として生きていくのか、そのモデルとなるようなエピソードがきっと見つかるはずです。このあたりの話についても、また別記事で語ってみようと思います。

 今回は、とりあえずこのくらいで。