あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

北朝鮮ミサイル実験の本当の脅威とは

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 今回は、北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について取り上げてみたいと思います。

 もっとも、私は海上自衛隊のOBですが、北朝鮮ウォッチャーでもなければ、兵器の研究開発に詳しいわけでもありません。ですから、北朝鮮弾道ミサイル開発に関する一連の報道に対しても、個人の印象としてのコメントしか持ち得ませんが、やはり気になります。以下、的外れな部分もあるかもしれませんが、個人的雑感として書かせていただきます。

 北朝鮮による前回の弾道ミサイル発射(9月15日)の翌日の記事にも書きましたが、

retcapt1501.hatenablog.com

常識的な国家であれば、弾頭落下予定海域(予想海域ではないことにご注意下さい)に相当の広さの航行制限海域を設定し、十分余裕のある時期に世界に向けて公表します。そうすることで、万一の事故を未然に防ぐことができるからです。

 北朝鮮がそのような措置をとらずに、弾道ミサイルの発射実験を行う目的は、情報収集のための十分な準備期間を与えない、よりセンセーショナルに実験をアピールする、実験の自由度を確保する、などいくつか考えられますが、最大の理由は、誤って設定海域以外に着弾した場合、国際社会から技術力を侮られるだけでなく、北朝鮮にとって貴重な外貨獲得手段である弾道ミサイルの商品価値を下げることになりかねないからではないかと考えます。

 そもそも、弾道ミサイルとは、ロケットの推進力で大気圏外まで運ばれた弾頭(目標に当たって爆発する部分)が、その惰性で弾道(放物線)を描きながら自由落下していくものです。ですから、緻密な弾道計算と精密なコントロール技術がない限り、大気圏外まで持って行ったら、あとは運任せのミサイルなのです。

 弾道ミサイルの命中精度は半数必中界(Circular Error Probability, CEP)、つまり、その範囲内に弾着する確率が50%になるような円の範囲で表現されることが多いです。

 米国やロシアが保有する弾道ミサイルのCEP半径は数百メートルとされていますが、弾頭が核であることを考えれば、ピンポイントの精度です。

 北朝鮮が開発している弾道ミサイルのCEPがどの程度か知る由もありませんが、仮に核弾頭の開発に成功しているならば、CEPがどれだけかなど、アツアツに熱せられたフライパンの、どの部分を触ると最もやけどし易いかを考えるようなもので、脅威を論じるうえで大きな意味はありません。

 対して、弾道ミサイルの射程は大問題です。射程内に納められた地域は、物理的にも、心理的にも、大きな脅威にさらされることになるからです。

 今問題になっているのは、北朝鮮弾道ミサイルが米本土まで到達するかということです。つまり、米国の安全保障にとっての重大な「敷居」を超えるか否かという問題です。

 我が国マスコミの報道を見ていると、誰の視点で言ってるの?と疑問に感じることも少なくありません。我が国にとっての「敷居」は、はるか以前、20世紀末には超えていたのですから、我が国にとって最大の関心事項は、ミサイルの射程ではなく、核弾頭の開発動向に他ならないと思うからです。

 北朝鮮による核や弾道ミサイルの開発の状況を見ていると、ピッチが早いなという印象があります。まるで、技術体系はすでに完成していて、あとは実物を作って作動を確認しているだけのように感じるのです。冷戦の終結とともにソ連が崩壊した際、多くの核・ミサイル技術者が世界中の紛争当事国に流れるのではないかと懸念されていたことを思い出します。

 ところで、いつも米国を苛立たせている北朝鮮ですが、金正恩の祖父にあたる金日成が核弾道ミサイルの開発に踏み切ったきっかっけは、東西冷戦の終結に他なりません。ソ連という絶対的な後ろ盾を突然失った北朝鮮は、特殊な国家体制の存続を認めてくれる新たな後ろ盾が必要でした。

 興味深いのは、北朝鮮が選択した後ろ盾が、中国ではなく、米国だということです。「瀬戸際外交」と呼ばれる対米戦略により、少しづつ実利を上げてきた北朝鮮ですが、最終目的は米国に現体制の存続を認めてもらうことに他ならず、金日成時代から一貫して、「米国命」とばかりに一途にラブコールを送っているようにも見えます。

 その意味では、同盟国のはずなのに、対米戦略がブレにブレまくっている韓国より、米国にとってははるかに信頼出来る相手、少なくとも外交上の計算が可能な相手だと言えるかもしれません。北朝鮮としては、米国の虎の尾を踏まないギリギリのところで、米国の脅威となり、戦略目標を達成できれば大成功というところでしょう。

 しかしながら、イラクやイランなどに対する姿勢と異なる妥協を、米国が容易に飲めるとも思えず、そういう意味で、両国の思惑が計算外の陥穽に嵌る恐れは十分にあり得

ます。つまり、事態がホットステージに移行する可能性があるということです。

 我が国にとって、北朝鮮弾道ミサイル実験の本当の脅威はここにあり、その時は、我が国の意思と覚悟も問われることになるでしょう。