あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

三宅由佳莉さんの効能(2)

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 以前の記事で、私が三宅由佳莉さんの歌声に救われたこと、そして、それがこのブログで彼女のことを発信しようと思った理由であることなどを綴りました。

retcapt1501.hatenablog.com

 今回、その続編を書こうと思ったのは、先回の記事だけでは語り尽くせなかった思いが、まだたくさんあるからです。

 私は、三宅由佳莉さんにお会いしたことはありませんし、もちろん言葉を交わしたこともありません。ですから、彼女の人となり、考え方などは、動画や、インタビュー記事などを通じて窺い知るほかないのですが、そこから見えてくるのは、とても心豊かで、常に人のため、公のために尽くそうとする、気高い志を持った人間像なのです。

 真面目に取り組むことや、いっしょうけんめい生きることは「格好悪い」とか、真剣な想いを語った後には「なんちゃって」とはぐらかす人の多い現今の世相の中にあって、ご自分の真っ直ぐな想いを、照れたり変に誤魔化したりせず、素直に語る姿は、鮮烈な印象を与えます。

 そして、その想いに一点の濁りもないからこそ、決して語りが得意とは言えない彼女が繰り出す、訥々としたなかにも誠実な言葉の一つひとつが、聞く人の心の奥底にまで響くのだと思います。

 これまで出演してこられた、数々のラジオプログラムの録音資料などを聞いてみると、どのプログラムのホスト・パーソナリティーも例外なく、彼女の誠実な人柄に強く心を打たれているのがよくわかります。

 三宅由佳莉さんの動画に寄せられた多くのコメントを見ると、彼女の歌う姿や人となりを賞賛し、応援するメッセージが多いのですが、誤解に基づく批判や面白半分のネガティブコメントも散見されます。なかには、紹介することも憚られるような、悪意に満ちが書き込みもあります。

 これらについては、また改めて稿を起こしますが、そのような否定的な意見があること自体は、人それぞれ考え方も違うでしょうから、仕方のないことです。

 でも、私は思います。

 三宅由佳莉さんは、そのような人たちの心にもメッセージが届くようにと、心をこめて歌っておられるのだと。そしてそれが公に尽くすということであり、「自衛官として歌うことの意味」であると。

 そう考えると、三宅由佳莉さんは、いつでも私たち国民一人一人の側に寄り添って、背中を押してくれている存在なのだと思えてきます。

 この感じ、何か似ています。

 私が、三宅由佳莉さんに抱く敬愛の情は、畏れ多いことではありますが、今上陛下と美智子皇后に対するそれとよく似ているのです。

 いつも、国民一人一人のことを気遣われ、御身を顧りみることなく公務に励まれる両陛下のお姿に、私は感銘を覚え、尊崇の念を抱きます。両陛下がいつも見守ってくださってるという安心感があるからこそ、我が国の社会はとても落ち着いた安定を保ち得ているのだとも思います。

 三宅由佳莉さんも、いてくれるだけで安心感につながるような、そんな存在であるような気がするのです。

 語り尽していない思いはまだありますが、今回はこの辺で。

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