あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「あれこそ駆逐艦の達着だ!」

f:id:RetCapt1501:20171029073520j:plainDD115あさぐも

 

 先回、遠洋練習航海の話を書きましたが、今回も印象深いエピソードを紹介します。

retcapt1501.hatenablog.com

 ニューヨークを出港した私たちの艦隊はルイジアナ州ニューオリンズに寄港しました。

 古き良き南部の風情が漂い、フレンチクォーターを中心に、いたるところでストリートミュージシャンたちがジャズを奏でている、そんな素敵な街でした。10年ちょっと前でしょうか、ハリケーンカトリーナの猛威で街全体が水没してしまった時には、あの素敵な人たちと街並みがどうなってしまったのか、とても心配になりました。

 さて、本題は素敵な街の様子ではありません。我々がニューオリンズに到着したときのことです。

 実はニューオリンズは海に面していないため、入港するためにはミシシッピ川を少し遡らなければなりません。ミシシッピ川は大変川幅が広いので、水がゆっくり流れているように見えます。でも、そう見えるだけで、実際には相当の流速で流れています。

 この流速は、艦の達着(たっちゃく=岸壁等に横付けすること)を難しくする要因の一つです。

 そしてもう一つ。

 川を遡るということは、海水域から淡水域に入るわけですから、比重の関係で艦が少し沈み、吃水が深くなります。つまり、水流の圧力を受ける面積が広くなり、達着はさらに難しくなるわけです。

 f:id:RetCapt1501:20171029080952j:plainTV3501かとり

 

 艦隊の旗艦「かとり」は、ヘリコプター甲板まで備えた大型艦でしたので、出入港時には、タグボート(上の写真の右側に写っている小型の船)の支援を得て艦をコントロールする必要があります。ニューオリンズ入港の際にも、2隻のタグボートに押したり、引いたりしてもらいながら岸壁に横付けしました。

 私が乗艦していたのは、この旗艦「かとり」ではなく、随伴艦「あさぐも」(冒頭の写真)でしたので、しばらく沖合で待たされていました。

 ようやく「かとり」の横付けが終わり、「あさぐも」が「かとり」の外側に横付けする番です。このように数隻が横並びに係留することを「目刺し係留」とか「目刺し」と呼びます。読んで字の如しです。

 「あさぐも」は目刺しになるため「かとり」外舷に向います。

 通常ゆっくりとした速度で近接し、最後は舫(もやい=ロープ)で引き寄せます。

 ところが、我が「あさぐも」艦長は、通常の倍ほどの速度での接近を命じたので、驚きました。みるみる「かとり」外舷が近づきます。私たち実習幹部の顔には緊張が走ります「ぶつかるんじゃないのか!」その時、艦長は「両舷停止!左後進半速!取り舵!左停止!戻せ!」と、矢継ぎ早に号令を下し、まるでモーターボートを横付けするよかのように、ぴったりと「かとり」外舷に横付けしたのです。見事な達着でした。

 艦長によると、ミシシッピ川の流速に負けないよう高速で川を上りながら近接し、その惰力と川の流れをうまく利用して接舷したとのこと。沖合で「かとり」が苦戦している様子をみながら、岸壁付近の流れの状況を判断していたようです。操艦のうまい、名艦長だとは聞いていましたが、さすがだと思いました。

 我々が岸壁に上がろうと上甲板に出てみると、後部でなにやら修理をしていました。聞くと、先ほどの神業接舷の際、後部のスタンション(転落防止用の柵のようなもの)が「かとり」の外舷と接触して破損したとのこと。しかし、彼らは「こんなもの、すぐ直せる。もたもた入港されるより、よっぽどいい」と言っていました。やや無鉄砲だけれど、スマートな入港をしてくれた自分たちの「オヤジ」を誇りに思っているのが、よくわかりました。

 そして、岸壁に上がると、現地にお住まいの日本人の方々が大勢出迎えに来て下さっていました。その中に、旧帝国海軍の駆逐艦乗りだった方がおられて、「いま入港した駆逐艦に乗っているのか」と聞かれましたので「そうです」と答えますと、「素晴らしい、あれこそ駆逐艦の達着だ。見事だったと艦長に伝えておいて欲しい」と、満足そうに微笑んでおられました。

 海上自衛隊では「行き脚(いきあし)」を重視します。行き脚とは艦の速力のことで、行き脚があるから舵が効き、針路をコントロールできる。行き脚がなくなれば、舵は効かず、流れにまかせ、漂うしかなくなる。「行き脚のある幹部になれ」とよく言われたものです。

 状況を冷静に読み切り、最も早い方法で達着した艦長も、多少の修理の手間が発生しようが、スマートに入港して欲しいと願う乗員も、ともに、行き脚のある海上自衛官だと思いました。そしてそれは、帝国海軍から受け継いだ遺伝子なのだということも。