あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

指揮と統率

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 よく、「指揮統率」といいますが、「指揮」と「統率」は全く異なる概念です。「指揮」とは受任権限に基づき、命令をもって部隊を動かすことであり、権原が明らかであるため、原則として絶対の効力があります。言い換えれば、権限が委任されている限り、どんなアホでも指揮はできます。

 これに対し、「統率」とは、いささか捉えどころのない概念であり、部下をして積極的に「指揮」に服さしむるため、平素から指揮官が心がけるべき部下の人心掌握術で、「指揮」を補完する作用として認識されています。こちらは、指揮ほど簡単ではありません。

 私が敬愛して止まない4期先輩のMさんの話です。この方は、艦艇乗りですが、専門は機関科でした。見た目は、お世辞にもスマートとは言いがたく、海上幕僚監部で一緒に勤務していた際には、事務机の上はいつも書類の山で、大丈夫かなと心配になるような方でした。でも、凡人には思いもつかない斬新な発想で物事を見ているため、いつも目から鱗が落ちるような新鮮な驚きを与えてくれる方でしたし、なにより公平公正な方でした。

 ただ、いわゆる常識の呪縛から逃れられない方々から見れば、M先輩の評価は決して高くなく、処遇には恵まれませんでした。

 そんなM先輩は、海幕勤務に先立つこと数年前、練習艦「かとり」(当時。現在は「かしま」)の機関長として遠洋練習航海に参加されていました。遠洋練習航海とは、江田島にある海上自衛隊幹部候補生学校を卒業した初任幹部の乗艦実習と見聞を広めることを目的に毎年行われているもので、約半年をかけて航海実習をしながら世界の各国を訪問するものです。

 半年にもわたり、海外を転々とするわけですから、何かあっても、国内にいる時のように、総監部や業者に簡単に依頼するわけにはいきません。特に、複雑な機構を持つ艦の機関部に不具合が生じた場合には、日本からの部品や、場合によっては技術者の空輸を待たねばならず、全般行程に影響を与えるおそれがあるため、機関長にかかるストレスは生易しいものではありません。

 ところが、M先輩が機関長として遠洋練習航海に参加している間、「かとり」では機関トラブルが一件も発生しなかったそうです。私は艦艇乗りではなかったので、その意味するところがピンとこなかったのですが、その辺の事情に詳しい後輩が、私に教えてくれました。「半年もの間、機関トラブルが発生しないということは通常あり得ません。もちろん、M先輩の機関指揮が見事だったということも言えますが、何より、機関科員の間に、機関長には絶対恥をかかせない、という強い思いがあったからに他なりません。それだけ、機関科員の信頼と敬意を集められたM先輩の統率力に敬服します」

 つまり、そういうことなんです。統率力というものは、全人格をもって部下を感化するものであって、単なる技術ではありません。任務を達成することに、誰よりも強い思いを持ち、それに向け真摯に取り組んでいる姿勢、そしてそれが己の保身や栄達のためでないことを部下が信じたときに、初めて発揮される力だと思います。

 今回遠洋練習航海の話になりましたので、2008年6月に遠洋練習航海部隊がブラジル移民100周年記念式典に合わせて同国を訪問した際、式典に臨席された皇太子殿下を観閲台上に仰ぎつつ、行進曲「軍艦」に合わせ、堂々の観閲行進を行う動画をご紹介します。現在の日本では、天皇陛下や皇太子殿下が、観閲台で受閲されることなど想像すらできないことですので、貴重な映像だと思います。因みに、観閲台の上には自民党麻生太郎幹事長(当時)もいらっしゃいます。

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