あれこれdiary

海自OBによる偏見御免徒然あれこれdiary

「まるで戒厳令じゃないか!」

    石原慎太郎さんが東京都知事をされていた時代、様々軋轢もあったのでしょうし、勇み足的なことも少なくなかったかもしれません。

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 でも、政治家というものは、理念も大切でしょうが、今そこにある課題に、具体的な答えを出していくのが使命だと思います。その意味で、いわゆる「タブー」とされているために、合理的な理由もないまま着手されることのなかった事業に是々非々の態度で臨まれたのは素晴らしいことだったと思います。

 防災対策に関して、自衛隊を含む関係機関との連携を平素から整えておくことが重要だとの認識のもと、災害対策担当参与に志方俊之帝京大学教授(元陸上自衛隊北部方面総監・陸将)を起用されたのもその一環です。

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 志方元陸将は、北部方面総監(北海道に展開する4個師団(当時)を基幹とする北部方面隊の指揮官)時代に、北部方面隊緊急医療支援訓練「ビッグレスキュー91」という、方面隊レベルでは初となる防災訓練を敢行された方です。その2年後に発生した、北海道南西沖地震では、その成果が遺憾無く発揮されました。

 私が統合幕僚会議事務局に勤務していた頃、退官されたばかりの志方さんが、よく訪ねてこられたのを覚えています。「つい最近まで陸将だったのに、全然偉ぶらない人だなぁ」とは思っていました。

 後に、私が陸上自衛隊の学校で過程脅威を受けた際、講話をしていただく機会があったのですが、心底「頭のいい人だな」と思いました。お勉強のできる人ならいくらでもいますが、自分の思考を、誰にでもわかるように解説できる人はごくわずかしかいません。志方さんは、そんなごくわずかな人の一人であり、しかも退官してもなお、武人たるの気骨を微塵も損なわず、さらにはユーモアに富んだ語り口調の中に小さな棘のような皮肉を折り込んで聞く者の意識を刺激するという、実に魅力的な方でした。

 要は、見えているんです。今何が問題で、何をなすべきかということが。

 そんな志方さんは、1999年の12月に東京都災害対策参与に就任された翌年の9月に、「ビッグレスキュー東京2000」を、石原都知事の指揮下で執行されました。

 この演習は、自衛隊のみならず、NTT、東京電力東京メトロなど、大規模災害時にキーアクターとなるであろう主要な公共機関をも巻き込んだ大規模なものでした。

 我が国における東京都の位置付けを考えれば、そのような現実的な演習というものが必要であることは明らかですが、「タブー」と「先例主義」により、それまで行われたことがなかったのです。

 机上演習ではなく実動演習ですから、陸上自衛隊の厳つい車両が銀座の街角に展開するようなシーンもありました。

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 何の番組だったかは忘れましたが、このシーンを見て「まるで戒厳令じゃないですか!」と仰る代議士先生の発言を聞き、「何言ってんの、この人?」と思ったのを覚えています。可笑しいやら、呆れるやら、ある意味腹立たしいやら、何とも複雑な心境になりました。

 まず第一に、現在の日本に「戒厳令」なる制度はありません。

 仮にこの先生がそのことをご存じなく、「この訓練は、防災訓練に名を借りた戒厳令の訓練ではないのか」と仰っていたとするなら、国政に関与する代議士としての資質を疑われても仕方ないと思います。国家の根幹に関わる制度の有無をご存知ないということになるからです。

 でも、さすがに代議士先生がそのようなことをご存知ないとは思えないのです。

 もしかしたら、銀座の街を軍用車両が走行している画像を見て、「映画などで見る他国の戒厳令下の状況にイメージが似ているね」という感想を述べたのかも知れません。しかし、そのようなものは、小学生レベルの発想であって、国政の一翼を担う代議士先生が公共の電波を使って発信するようなものではないでしょう。

 だとすると、全てを分かった上で、このような映像を奇貨として、自衛隊石原都知事のイメージダウンを図るため、意図的に「印象操作」を行ったとしか考えられないのではないでしょうか。

 そのようなことが、日常的に行われているのが、今の日本です。

 全てのことを、自分の頭で考えるようにしなければ、姑息な「印象操作」の餌食になりかねないと思います。気をつけましょう。 

 

 

 

 

 

三宅由佳莉さんの思い出

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 今回は、私がまだ現役だった頃の、三宅由佳莉さんにまつわるエピソードについて書いて見たいと思います。

 尤も、これまで何度も書いてきたとおり、当時の私は、三宅由佳莉さんや東京音楽隊に特段の関心がなかったものですから、非常に限られたエピソードしかありませんが、すでに別記事でご紹介したものも含め、改めて記します。

 最初の思い出は、その内容から見て、三宅由佳莉さんが入隊された2009年のことであろうと思われます。

三宅由佳莉さんの2009年レビュー」という記事で紹介したエピソードです。

retcapt1501.hatenablog.com

 記事本文を引用します。

三宅由佳莉さんは、これまでインタビューなどに応えて、横須賀教育隊に入校中に、分隊長から頼まれて、同期のみんなのために「翼をください」を歌ったというエピソードを紹介されていますよね。歌い終わったときに、みんなが涙を流しながら「ありがとう」と言ってくれたことで、自衛官として歌うことの意味がわかったような気がしたとのことでした。

 実は、私がまだ現役で、市ヶ谷地区で勤務していた頃、横須賀教育隊から転勤してきた後輩が、この話を私にしてくれたのを覚えています。

『今年、初めて歌手採用になった新隊員がいるのですが、みんなが心身共にめげてる頃を見計らって、気分転換になればと歌を歌ってもらったんです。いや、驚きました。もう、上手いとかそういう次元じゃないです。私たちが歌と言ってるものとは、全く違うんです。みんな感動して泣いてましたよ。私もですけど。』

 そんな話しでした。以前、別記事で書いたとおり、当時の私はあまり興味がなかったのですが、この話は、何故かとても印象深かったので、頭の片隅にずっとあったんだと思います。昨年、三宅さんに注目し始めて、『翼』のエピソードを聞いた時に、『あの時の話がこれか』と思い出したのでした。三宅さんは、このエピソードをかなりサラッと語っていますが、ものすごいインパクトだったらしいです。

 この話は、その後輩から、ふとしたことで聞く機会を得たのですが、本当にしんみりと語ってくれたのを思い出します。たまたま聞けてよかったです。 

 

 次の思い出は、2014年1月12日(日)のエピソードです。

 この話は、「三宅由佳莉さんのメディア出演(3)」という記事で紹介したエピソードなのですが、日にちまで特定できているのは、「navy171」さんのおかげです。

retcapt1501.hatenablog.com

 記事本文を、ちょっと修正して引用します。

ある日曜日の夜、私は自宅の湯船に浸かりながらラジオを聞いていました。浴室用の防水型ラジオがいつも置いてあるのですが、滅多に聞くことはありません。その日は、たまたまゆっくり湯に浸かっていたい気分だったので、音楽でも聴こうとラジオのスイッチを入れたのでした。

 ちょうど番組が切り替わる時間だったのでしょう、程なく、松任谷正隆さんの番組が始まりました(松任谷正隆さんの番組であることは、navy171さんのおかげでわかりました)。そして何と、ゲストとして三宅由佳莉さんが登場したのです。

 特段の関心はなくても、現役の3等海曹が、有名ミュージシャンの番組にゲストとして呼ばれるのを喜ばないはずはありません。『へぇ、すごいな』と素直に感心しましたし、番組内での受けごたえも、とても清々しい印象でした。ただ、やはり特段の関心がなかったものですから、会話の内容などは覚えていません。一つだけ印象的に記憶に残っているのは、営内に居住しているため、歌手とは言え、特別な空調があるわけでもなく、喉のケアには自分なりに気をつけている、というような内容でした。そうか、何か対策は取れないものかと、私は管理者の目線でこの話を聞いたのでした。

 「navy171」さんが、別記事のコメント欄に書いてくださっていた、この番組の思い出話のおかげで、松任谷正隆さんの「Dear Partner」という番組であったことがわかったのです。詳しくは上のバナーから記事をご覧ください。

 

 さて、今回この記事を書こうと思ったのは、新たなエピソードを思い出したからなのです。記憶というものは、何の脈絡もなく、突然蘇るものなんですね。

 やはり、市ヶ谷勤務をしていた頃で、エピソードの内容からみて、2013年の暮れか、2014年の前半くらいのことだと思います。

 以前、海上幕僚監部で一緒に勤務したことのある事務官さんと、敷地内でばったりでくわしたので、立ち話をしたのですが、会話の内容はこんな感じでした。

(「私」=かぴたん、「事」=事務官さん)

私「今どこにいるの?

事「東京音楽隊です

私「東京音楽隊? なんか、歌手の子がCD出したんだって?

事「あ、三宅由佳莉ですか?そうなんですよ、すごく売れてます。何だったら、彼女のサインもらってあげましょうか?

私「サイン? いや別にいらないよ

 どうでしょう、「もったいないことしたね」と思いますか?

 でも、「いらない」と断った理由は、自分が三宅由佳莉さんのことをよく知らなかったということだけではありません。そのような形で、有名人のサインを得ることは、失礼なことだと思っているからです。

 よく、有名人の近くにいる人に色紙を何枚も渡してサインを書いてもらうというような話を聞きますが、それって、渡す相手が誰なのかもわからないまま、ただサインを書く「作業」を強いることになると思うのです。そのような形で得たものは、たとえ本人が書いたものだとしても「本物」ではないと思います。

 本人に、自分でお願いして書いてもらうのでなければ価値がないし、意味もない。

 とはいえ、正直に言いますと、この話を思い出した時、ちょっとだけ「もったいないことした」そう思いました(笑)

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軍隊が守るべきもの

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 世界には、国連加盟国だけでも190以上もの国があります。

 大小様々で、民族構成や政治体制なども千差万別ですが、多くの国が自前の軍隊を保有しています。自衛隊も、法的位置づけや名称の問題はあるものの、国家の機能としてみた場合には、軍隊と言えるでしょう。

 今回の記事タイトルは、その軍隊が守るべきものは何であるのかと問うているわけですが、「軍隊が守るものは、国の平和と独立に決まってるだろ」と思われる方が多いと思います。もちろん、正解です。軍隊は、そのために創られたものなのですから、それは言うまでもないことです。

 私は、軍隊が守るべき大事なものが、もう一つあると思っています。

 

 それは、民族の精神的伝統、あるいは国民を国民たらしめている価値観やものの考え方、民族性とでも言うべきものです。

 自衛隊に入隊して、それまでと大きく変わることはたくさんありますが、最も象徴的なのは、国旗・国歌への敬意の払い方を知るということです。

 毎朝の国旗掲揚と夕刻の国旗降下の際には、基地や駐屯地内には「喇叭『気をつけ』」に引き続き「君が代」の吹奏が流れますが、どこにいても、何をやっていても、その時には手を休め、国旗掲揚塔の方角に向かって直立不動の姿勢を取ります。また、屋外にいて国旗が視認できる者は、これに対し挙手の敬礼を行います。

 このように、毎日堂々と国旗に対する敬意を示す機会があるのが自衛官の特権であると思います。入隊直後は、訳もわからず言われたとおりに形を作っているだけですが、毎日これを行うことによって、国旗や国歌に対する敬愛の情が自然と身についていきます。

 世間の方々の中には、誤解をされている向きもあるようですが、自衛隊では、思想教育のようなものは行っておりません。隊員個々の個人的な思想が尊重されているというか、そもそも問われることがありません。

 ただ、先般の記事でもご紹介しましたように「自衛官の心構え」については大変重視しておりますので、訓育と呼ばれる教育においては、5つの心構えの中からテーマを選んで実施するようになっています。

 このように、自衛官としての行動規範について繰り返し教育を行っていくことで、自衛官としてのものの考え方というものが共有されていきます。そしてそのような考え方が共有されていく際に、日本人としての行動規範というものも併せて共有されていくのを感じます。それは、教育をする側にもされる側にも、程度の差こそあれ、「日本人らしさ」があり、それらが共鳴し合うからなのだと思います。

 自衛隊の中には、日本人の誇るべき美徳がたくさん残されており、事あるごとにそれらが発揮されてきましたし、今後も変わることはないでしょう。

 こうして、日本人らしさというものが、意図的ではなくごく自然な形で守られ伝えられていくのだと思います。

 退官後、三宅由佳莉さんのファンとして東京音楽隊の皆さんの様子を拝見していると、強い責任感と謙虚さ、周囲への気配りと感謝の気持ちなど、日本人の美徳と言えるものが守られ伝えられているのが本当によくわかります。

 同時に、強い影響力を持つ彼らだからこそ、そのような美徳を日本国民に思い出させる力があるのではないかとも思っています。

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率先垂範

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  昨日の、「煙草盆出せ」という記事を書きながら思い出したことがありましたので、引き続きタバコの話です。

 記事で、以前は艦内で喫煙が許されていたこと書きましたが、自衛隊だけでなく、日本の社会全体が喫煙者に対して非常に寛容で、至る所でタバコが吸えるのが普通でした。

 私が高校生の頃には、珍しいとは言え、満員の路線バスの中でさえ喫煙する人が時々いたのを覚えています。尤も、バスの車内には「禁煙」と表示してあるくせに、各座席にはちゃんと灰皿が備えてあったのですから、中途半端な時代でした。

 バスの中でさえそんな有様ですから、路上を歩行しながらタバコを吸う人などゴロゴロいましたし、職場のデスクの上には吸い殻が山盛りになった灰皿が置いてあるのがごく自然な風景でした。

 国民の健康寿命を伸ばす一環として、分煙・禁煙の措置が強力に推し進められてきた結果が現在の日本社会です。こんな世の中になるなんて、以前は想像もできないことでした。素晴らしいことだと思います。

 ここまで分煙・禁煙が進んできますと、突然「敷地内全面禁煙」の措置が取られてもスムーズに移行できますが、喫煙天国だった時代に「全面禁煙」を断行するのは、抵抗も大きく、大きな課題でした。

 海上自衛隊でも、艦艇のみならず、施設内や航空機内も逐次禁煙・分煙措置が取られてきましたが、喫煙率が高かったせいもあり、そう簡単ではなかったのです。

 私の敬愛する4期先輩のNさんは、潜水艦乗りでした。仕事もよくやりますが、大酒飲みのチェーンスモーカーでした。

 そのN先輩が潜水艦隊司令部の作戦主任幕僚に就任されてからしばらくして、一緒に酒を飲む機会があったのですが、その際こんな話をしてくれました。

 潜水艦隊もいよいよ全面禁煙になった。これは時代の流れだからいつかはやらねばならない。だから、俺がやることにした。俺がチェーンスモーカーだということはドンガメ(潜水艦乗りのことです)の連中はみんな知っている。その俺が旗を振るからみんな「仕方ないか」と納得する。そうじゃなきゃ、こんな革命できやしない。

 私は感心しました。率先垂範とはよく唱えられるお題目ですが、ヤニがなければ死んじゃうんじゃないかと思うほどタバコを愛して止まなかったN先輩が、施設内・艦内禁煙の旗振りをやるとは。以前の先輩なら間違いなく「抵抗勢力」になっていたはずですが、重責を担うというのは、こういうことなのだなと思ったのでした。

 自分に与えられた地位と権限をどう使うのか。

 使命を自覚すれば自ずと答えは出てくるのだと思います。

「煙草盆出せ」

海上自衛隊用語解説の続きです

 今回のタイトル「たばこぼんだせ」と読んで下さい。まぁ、そのままですね。

 煙草盆と聞くと、こういうのを思い浮かべるのではないでしょうか。

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 「煙草盆出せ」は、艦内で使われる(使われていた?)一種の号令なのですが、こんなものを出せとは、一体なんのこと?と思いますよね。

 ところで、このブログで私が書く現役時代の思い出話は、艦艇にまつわる内容のものが多いものですから、私が艦艇乗りだったと思われる方もいらっしゃるかも知れませんね。でも違います。 

 私が艦艇に乗り組んでいたのは、実習幹部として遠洋練習航海に参加した時だけです。ですから、私が書く内容は、昔々の話ばかりです。でも、多分基本的にそう大きな違いはないのではないかと思います。

 でも、その当時と大きく変わった点があります。それは、艦内での喫煙が全面的に禁止になったことです。以前は、艦内の居住区や食堂で喫煙が可能で、艦橋でも喫煙していたような記憶があります。

 護衛艦は、訓練や演習のために長期間にわたり洋上で活動することが多いです。単一目的の訓練であれば、スケジュール通りにこなすことができますが、対抗演習などのように、先が読めない連続状況で、咄嗟に生じる戦闘に備えてずっと緊張状態を維持するのは容易ではありません。

 そこで、把握している全般状況や最新の情報から、当面ホットな状況に入る可能性が低いと判断した場合に、艦長が達する号令が「煙草盆出せ」なのです。

 つまり、「現下の情勢は、直ちに戦闘が生じる可能性が低いと見積もられるため、各員は、今のうちにリラックスして次の状況に備えよ」という意思表示を「煙草盆出せ」という号令で伝える訳です。

 で、私の疑問です。艦内での喫煙が全面禁止されている現在の護衛艦でもやはり「煙草峰出せ」と言っているのでしょうか。現役時代にそんなこと確認していませんでしたので、わかりませんが、多分、伝統的に使われてきたものですから、今も使っているんじゃないでしょうか。近々同期の集まりがありますので、話題を振ってみようかと思います。

 因みに、リラックスモードから緊張状態に戻れという号令は「煙草盆引け」です。

 なお、艦内の居住区に置かれていた大きな灰皿というか、分厚い板で作られた底の浅い木箱の内側にブリキの板を貼って作られた吸い殻入れを「煙草盆」と呼んでいたように記憶しています。「煙草盆出せ」で、冒頭の写真のようなものが出てくるわけではありませんので念のため。

 

 

国を思うて何が悪い

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 今回のタイトル、見たことがあるという方も少なくないかも知れませんね。

 これは、阿川弘之さんの著書のタイトルですが、この記事は読書シリーズではありません。昨日、この記事を書こうと思ったときに、私の口から出たのが「国を思うて何が悪い」だったのです。

 もちろん、阿川さんの著書タイトルが頭の中にあるから出てきたのですが、わずか8文字のこのタイトルが、私の心を捉えて離さないのは、理不尽さに対する義憤を裡に抑えつつも、揺るぎない信念をもって自明の理を説かんとする、凛とした孤高の佇まいを想起させる、美しい響があるからだと思います。

 

 さて、この話題を書こうと思ったきっかけは、意外に思われるかも知れませんが、三宅由佳莉さんが歌う、滝廉太郎の「花」でした。

 実は、今準備している別の企画のために、以前紹介したことのある「大沢悠里の ゆうゆうワイド」というラジオプログラムで生演奏された「花」を、単曲の動画仕立てで一昨日、YouTubeにアップしたのですが、ゆっくり鑑賞していなかったので、昨日改めて再生してみました。

www.youtube.com

 太田沙和子さんの軽快なピアノ伴奏にのって流れる三宅由佳莉さんの伸びやかな歌声からは、うららかな春の陽射しを浴びながら、浮き立つ心で岸辺に歩を進める喜びが溢れています。

 だからこそ、戸惑いました。この曲を聴きながら不覚にも目から溢れ出た涙の訳がわからなかったからです。

 でも、感じていたのは「日本人に生まれてよかった」ということでした。

 三宅由佳莉さんの「花」を聴いていると、とてもストレートに、日本人であることが誇らしく思え、自分がこの国を愛しているんだということを強く実感できるような気がします。

 この国では、先の大戦に敗れて以来、「愛国心」という言葉が忌み嫌われ、誰がみても素直に日本の国旗・国歌であるはずの「日の丸」「君が代」が意図的に学校教育の現場から遠ざけられるという状態が長く続いていました。

 私たちの世代は、そんな風潮の中にあっても、親や教師が戦前にしっかり教育を受けていたおかげで、いびつな思想の影響をあまり受けずに済みました。

 卒業式などの式典の際には演壇に国旗が掲げられ、当然のごとく君が代の斉唱を大きな声で行っていました。

 ところが、いつの間にか学校から国旗や君が代が消え、式典での国旗の掲示君が代の斉唱を促す指示に対しては、「法的根拠がない」という理由で従わないという状態に陥りました。

 そのような信じられない状態を回復するため、平成11年に「国旗及び国歌に関する法律」が定められましたが、私はとても悲しく感じました。多くの日本人が、当然のごとく日の丸を国旗、君が代を国歌と認識しているにも関わらず、ごく一部の頭でっかちな人々の愚にもつかない主張に対抗するため、わざわざこんな法律を作らねばならないことへの悲しみであり、そのような国の有り様への恥ずかしさでもありました。

 この法律の制定により、今度は「法的根拠がない」という主張に根拠がなくなりましたが、次に主張されたのが「良心の自由」です。たとえ法的根拠があっても、国旗に敬意を示し、国歌を歌うことを「強制」することはできないという訳です。

 そして現場で行われたのが、「良心の自由が認められているのだから、歌わなくても良い」という形での「歌わない」ことの「強制」です。

 私が退官する数年前、部下の一人から聞いた話ですが、自分の子供達は「君が代」を聞いたことがないと言うのです。そんな馬鹿なと思いましたが、未だにそんな状態が続いていることに、どうしようもない無力感を覚えました。

 「愛国心」に関する論議を見ても、「愛国心」という言葉はけしからんから「国を愛する心」と呼んではどうか、とか、そもそも国とは法人であって、法人を愛するのは不自然だ、など、議論する価値がどこにあるのかわからないようなことに無駄な時間を費やしてきたのが我が国です。

 本当に、頭でっかちな人間ばかりになってしまったな。日本の国籍を持っていても、日本人の心を失った者を「日本人」と呼べるのか。

 私は素直に思います。

「国を思うて何が悪い」

使命の自覚(三宅由佳莉さんの,,,シリーズ番外編)

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 本題に入る前に、東京音楽隊のコンサート情報の一分追加があります。

 先回「三宅ゆかりさんの最近の動向(18−08)」で、「応募方法のみ掲載され、何時からどこで行われるのかについての情報が一切ないという、なんとも奇怪なイベント」としてご紹介した7月20日(金)の姫路公演ですが、東京音楽隊のホームページ上で時刻と場所が開示されましたので、記しておきます。

 時刻: 17:30開場 18:30開演
 場所: 姫路市文化センター大ホール(兵庫県姫路市

三宅由佳莉さんの当面の予定と今年の注目点(2)」の方には、昨日「Update-07」で追記済みです。

retcapt1501.hatenablog.com

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 本題です。

 今回のタイトル ”使命の自覚”  は、「自衛官の心構え」の筆頭項目です。

 自衛官の心構えとは、公私の別なく、自衛官として人生を歩むにあたり、指針となるべきものです。具体的には以下の5つの項目なのですが、新入隊員は、これらを頭に叩き込むため各項目の頭文字をとって「シコセキ団」と唱えています。まずは形からという訳です。

 それぞれの意味するところは、下のリンクから資料(防衛白書)をご覧ください。

自衛官の心構え資料58 自衛官の心がまえ)〜

 1 使命の自覚

 2 個人の充実

 3 責任の遂行

 4 規律の厳守

 5 団結の強化

 これらは、自衛隊員が入隊時に行う「服務の宣誓」の内容を「心構え」として噛み砕いたものでもあります。因みに、宣誓は入隊時に行いますが、10年ほど前から、昇任の都度、所属長の前で改めて読み上げ、自らの宣誓内容を再確認するようになっています。

自衛隊員の服務の宣誓

 「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。

 そして、服務の宣誓の根拠は、自衛隊法にあります。 

自衛隊法第52条(服務の本旨)

 隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身きたえ、技能をみがき、強い責任感をもって専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを期するものとする。

自衛隊法第53条(服務の宣誓)
 隊員は、防衛省令で定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。

 

 このように、自衛隊員は、その生き方を法律で規定されている訳ですが、入隊時、服務の宣誓書に署名捺印する際に迷いを振り切って娑婆との結界を超えるのです。

 さて、お気づきでしょうか、「自衛官の心構え」から話は始まりましたが、服務の宣誓以降は「自衛隊員の〜」となってますよね。

 自衛官自衛隊員、何が違うのでしょうか。

 自衛隊とは、防衛大臣以下防衛省に属する全ての組織をさします。防衛大臣自衛隊の一部です。ですから、防衛大臣の指揮下にある防衛事務次官以下の全ての職員が自衛隊員という訳です。そして、自衛隊員のうち、制服(軍服)を着用している者を自衛官と呼ぶのです。

 従いまして、「事に臨んでは危険を顧みず〜」は防衛省に勤務する事務官の皆様も入省時に宣誓していることなのです。

 とはいえ、実際に命に関わる苛烈な環境におかれるのは、事実上自衛官に限られますので、自衛官については、宣誓のみならず、「心構え」を徹底し、平素からその覚悟を促していく必要があるという訳です。

 そうです。三宅由佳莉さんはじめ、音楽隊の皆さんも、法律で定められた自衛隊員としての生き方を、自衛官の心構えをもって主体的に実践されているのです。

 

 くどくど書いてきましたが、以上が今回の記事の「まくら」です。

 「えー、まだ続くのかよ」 そう言わずに、もう少しだけお付き合いください。

 

 今回、「使命の自覚」という記事を書こうと思ったのは、一昨日、「1」さんから頂いたコメント

三宅さんに癒され、助けられ、生き残り、ファンとなられた方々は、皆、独自の観点から、様々な魅力を発見されていると思います。
ただ、それを言葉にするのがとても難しいのです。筆が立つかぴたんさんは、果敢に挑戦されているわけで、こういう方がいてくれると思うと、とても嬉しく、ほっとできるんです。

 を読んで、あれこれ考えているなか、今朝初めて頂いた「Rin」さんからのコメント

こんな素晴らしい女性が日本にいるんだと自慢?したい欲求を満たしてくれているのがこのブログです。ありがとうございます(^^)

 で、「はっ」と気づいたことがあったからです。

 それは、今までも「ゆきかぜ」さん、「バリピル」さん、「toikimi」さん、「navy171」さん、「johsan」さん、「faisan」さん、「海自」さん、「りくさん」さん、「MYT」さん、「s.k.」さん、「marionette3」さん、「すぎ」さん、「kaiten91」さん、「ajino64」さん、「kanotkashi」さんなど、三宅由佳莉さんのファンの皆様から暗示的、場合によっては限りなく明示的に近い形で示唆されていたにも関わらず、私に読み取る力がなかったため、十分認識し得ていなかったことであることも含めてです。

 

 私は「1」さんが仰るような「筆が立つ」人間ではありませんが、こと、三宅由佳莉さんのことに関しては、十分内省しながら書くように務めています。自分の思いをいかに正確に言葉に落とすかということに心血を注いではいます。

 今までは、そうやって表現した記事に、皆様が共感してくださることが、ただ嬉しいという気持ちでおりました。遅れ馳せ組の私も、皆さんと同じように感じることができているんだな、ということが確認できたからです。

 ところが「1」さんのコメントで、多くの方が、三宅由佳莉さんから受けた感動をうまく言葉にできずにストレスを抱えておられるのではないかと思い、さらに「Rin」さんのコメントで、私の書く記事によって、そんなストレスが解消できている、という方が少なからずおられるのだということに気づいたのです。

 であるならば、このブログで私が三宅由佳莉さんのことを書くということは、私が考えていた個人的な幸福感を超えた意味があるのではないか。

 三宅由佳莉さんや東京音楽隊の素晴らしさを強く感じているにも関わらず、彼らが正当に評価されているという具体的な表象を欠くため、不安と不満が胸中を去来する多くの方々にとって、私の書く記事がカタルシスの役割を果たしているのではないか。

 つまり、これは、私の使命なのではないか。

 

 自分を背負うつもりはありませんが、記事を書くことについて、使命感が芽生えたのは確かです。だからと言って、意気込むとか、無理をするとかそういうことではなく、今まで以上に、丁寧に自分の心と向き合い、三宅由佳莉さんや東京音楽隊の活動について、何故自分は感動し、心が揺さぶられているのかについて、更なる内省を続けていこうと思った次第です。

 

 生意気を書いて申し訳ありませんm(_ _)m